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大阪地方裁判所 昭和38年(ワ)233号 判決

原告

森口兵太郎

右訴訟代理人

南利三

南逸郎

右訴訟復代理人

駒杵素之

上村昇

被告

勇我勲

右訴訟代理人

前田常好

主文

原告の主位的請求および予備的請求は、いずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主位的請求として、「別紙目録記載の土地が原告の所有であることを確認し、かつ原告に対し、原告の右土地に対する占有につき、一切の妨害をしてはならない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決、予備的請求として、「別紙目録記載の土地につき、原告が使用収益権を有することを確認し、かつ原告に対し原告の右土地に対する占有につき、一切の妨害をしてはならない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

「一、別紙目録記載の土地(以下「本件土地」と略称する。)は、訴外大阪市平野土地区画整理組合のいわゆる替費地に属するものである。即ち、右訴外組合は、大阪市都市計画区域内における宅地の利用を増進する目的をもつて都市計画法第一二条に基き、昭和四年九月二八日設立され、同年一二月二日、大阪府知事の設立認可を得、以来右都市計画事業を実施して来たものである。そして同組合は、同組合規約第三〇条に基き、昭和一三年から同一五年にかけて、組合員に対し、仮換地使用指定処分をなし、また、右規約第二七条により本件土地を含む仮地番大阪市東住吉区平野々堂町一三五一番地土地八七二・七九平方米(二六四坪二勺)および同所一三五八番地土地一二三一・五三平方米(三七二坪五合四勺)の二筆の土地につき、同組合の替費地第二号として替費地処分をした。その後右訴外組合は、右二筆の替費地を訴外土取徳次郎に対し、売却処分したが、右訴外組合の事業はなお継続中であり、未だ本換地処分はなされておらず、右二筆の替費地の登記簿も未だ開設されていない。

二、原告は、昭和二五年七月七日、右訴外土取より、右二筆の替費地のうち、本件土地の部分を代金一二万円で買い受け、同日その引渡を受け、以後所有の意思を以つてこれを耕作している。

三、しかるに、被告は、本件土地を右訴外土取から買い受けたと称して、昭和三五年四月二六日、数名の人夫を使役して本件土地に侵入し、一旦は退去したが、昭和三七年一〇月、再び人夫を帯同して本件土地に侵入し、原告において栽培中の樹木を引抜くなどして本件土地を奪取しようと企てたので、原告は所管の田辺警察署に告訴し、ここに被告はようやく退去した。

四、しかし、本件土地は、前記のとおり原告が訴外土取から買い受けてその所有権を有するのであるから、これを争う被告に対し、その確認を求めると共に、前記の経過からして被告は、なお本件土地の原告の占有を妨害するおそれがあるので、所有権に基き妨害予防を求めるため主位的請求の趣旨どおりの判決を求める。

五、かりに、原告が本件土地に関して取得した債権が所有権ではなくして、使用収益権であるとしても、その使用収益権は所有権類似の権利であるから、原告は、右権利の確認を求めると共に、右権利に基き、妨害予防を求めるため予備的請求の趣旨どおりの判決を求める。」

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

「原告主張の請求原因事実中、第一項の事実は認める。同第二項の事実中、売買の事実は否認する。原告が訴外土取に金一二万円を出捐したとしても、それは原告が同訴外人の営む事業に対し出資したものにすぎない。もつとも、原告がもと本件土地を耕作していた事実は認めるが、それは原告と右訴外人との間で、原告主張の昭和二五年七月ごろ、同訴外人所有の本件土地のいわゆる耕作権と、原告所有の大阪市東住吉区中野町一〇二番地(仮地番同町一五六九番地および一五七八番地)土地六五四・五四平方米(一九八坪、以下、この土地を「B′の土地」と表示する。)の耕作権とを交換する旨を約したからにほかならないところ、その後右訴外人は右契約を解除した。同第三項の事実中、被告が原告主張の各日時に本件土地に立入つたことは認めるが、その余の事実は否認する。同第四項および第五項の各事実は争う。」と述べ、抗弁として、

「かりに、原告が、原告主張の日時に訴外土取から本件土地を買い受けたとしても、被告は、昭和三五年四月二三日、右訴外土取から本件土地を代金三〇〇万円で買い受け、同年五月二五日、訴外組合に対し、右売買の旨を届け出て本件土地所有者の名義変更手続をなし、以後本件土地を占有しているものであるから、原告は本件土地に関する権利を被告に対抗できない。」

と述べた。

原告訴訟代理人は、被告の抗弁に対し、「抗弁事実は否認する。」

と述べた。<以下略>

理由

まず、原告の主位的請求について判断する。

訴外組合が原告主張の目的法令に基いて、原告主張の日時に設立されたこと、同組合が原告主張の日時に仮換地使用指定処分をしたこと、本件土地を含む大阪市東住吉区平野々堂町仮地番一三五一番地および一三五八番地の土地が、右訴外組合のいわゆる替費地であつて同組合が右土地を訴外土取徳次郎に売り渡したこと、同組合の事業はなお継続中であつて、未だ本換地処分がなされていないこと、さらに替費地である本件土地については、未だ登記簿が開設されていないことは当事者間に争いがない。

次に、原告は訴外土取から本件土地を買い受けたと主張するので、判断するのに、<証拠>を総合すると次の事実が認められる。

即ち、訴外土取徳次郎は、昭和一七年ごろから大阪市内において滑車製造業を営んでいたが、昭和二〇年ごろ戦災に遭つたため、そのころ訴外石井貞二から、同人所有の大阪市東住吉区野々堂町一三六三番地および一三六四番地の土地合計一一一一・四〇平方米(三三六坪二合、以下この土地を「A′の土地」と表示する。)を借りて、ここに工場を移転し、ひきつづき営業を続けていた。ところで、昭和二五年ごろは食料難のこととて、右訴外土取は、当時空地であつた本件土地を含む本件替費地を耕作しており、一方原告も、右替費地の東側に隣接する土地のほか前記B′の土地を所有し耕作していた。ところが、同年七月ごろ、右訴外土取は、同人が使用していた前記A′の土地を、所有者たる前記訴外石井から、代金一五万円で買取方の要望を受けたので、これを買い受けることとしたが、その金策がつかなかつたところから、原告に対し、右買受資金の援助を求め、結局原告において右金額のうち金一二万円を右訴外土取に対して出捐することとし、そのかわりに右土取において原告に対し、本件替費地のうちから右A′の土地の八割に相当する面積の土地を譲り渡す旨が約定された。そしてその結果、原告が譲り受けるべき土地として、本件替費地の中から、本件土地八七二・七九平方米(二六四坪二勺)が選定されることとなつた。なおその際、耕作上の便宜から、当時、前記原告所有地であるB′の土地付近に土地を有していた右訴外土取が原告に代わつて、右B′の土地を、一方本件替費地の東隣の土地を耕作していた原告が右土取に代わつて、本件替費地中、なお土取の所有に属する部分一二三一・五三平方米(三七二坪五合四勺、以下この土地を「Bの土地」と表示する。)をそれぞれ耕作する旨があわせて約定された。その後昭和二七年に至り、右訴外土取は、右Bの土地を訴外中村政一に売り渡し、一方原告は昭和二九年ごろB′の土地を大阪府に売り渡し、結局本件土地については、原告においてひきつづき耕作していた。

以上の事実を認めることができ<中略>他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

以上認定した事実からすれば、本件土地の替費地としての権利は、右訴外土取が原告に対し、代金一二万円で売り渡したものと認定するのが相当である。

次に、被告が原告主張の各日時に本件土地に立入つたことは、当事者間に争いがなく、右事実と<証拠>を総合すると、被告は、昭和三五年四月二六日、人夫数名を連れて本件土地に立入り、本件土地に土盛りを施し、周囲に有棘鉄線をはりめぐらしたところ、これを知つて早速現場にかけつけた原告らと暴力沙汰を引き起し、原告が被告を田辺警察署に告訴するという騒ぎが起り、それ以後は本件土地をめぐつて双方が柵を構築しあつたり、或は原告において作物や鑑賞用の樹木を植え付けをなどして、互いにその占有を主張し、ついで、昭和三七年一〇月被告は、再び人夫を伴つて本件土地を整地し、その際にも原告らと抗争事件を引き起すなどしたが、そのころから被告は本件土地にミゼットハウスを建築して、二週間に一度ほどこれに泊り込んで本件土地の見張りをし、原告もそのころ以後は本件土地の耕作を中止して現在に至つていることが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告はおそくとも昭和三七年一〇月ごろ以降、実力で原告の本件土地に対する占有を排除したものというべきである。

そこで、被告の抗弁について判断すると、<証拠>を総合すれば、被告は、昭和三五年四月二三日、訴外鳥野厳の仲介によつて本件土地を金三〇三万六〇〇〇円で訴外土取徳次郎から譲り受ける契約をし、同月二五日、訴外組合に対し、右売買の旨を届け出で、同日右訴外組合は、本件土地に対する組合簿書上の土地所有者名義を訴外土取徳次郎から被告名義に変更した事実を認めることができ、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

ところで、いわゆる替費地というのは、土地区画整理組合が、整理事業実施の費用にあてるため、将来第三者に売却することを予定して、組合員に対する換地を減少して設定される土地であつて、都市計画法第一二条により、準用される耕地整理法第三〇条第二項所定の特別処分の対象たる土地をいうのである。このように替費地は換地の減歩によつて集約化された土地であるから、仮換地と異り、従前の土地は存在しても、その間に照応性を欠き、替費地に対する所有権は存在せず、その所有は本換地処分によつて原始的に創設されるものであるから、本換地処分があるまでは、替費地の所有権の変動は生じ得ないものである。

このような替費地は、組合のいわゆる替費地処分によつて設定され、この処分により、組合は旧土地所有者に代つて右替費地に対する使用収益権(所有権と同様の内容を有する物権類似の支配権)を取得するのであるが、本換地処分の公告の翌日からは、右替費地について原始的に創設された所有権は組合に帰属し(耕地整理法第三一条但書、土地区画整理法第一〇四条第九項)、右土地につき組合名義の所有権保存登記がなされるべきものである。

ところで、前記のとおり替費地は、整理事業施行費用にあてるため、本換地処分前においても、これを第三者に譲渡することができるものであり、この場合の替費地の譲渡とは前記の如き替費地の性質からすれば、替費地について、前記告示のあつたときは、組合の取得すべき所有権を当然譲渡することを条件として、替費地に対して現に組合の有する使用収益権を譲渡することをいうものと解すべきものである。

しかし、前記のとおり、替費地の所有権の登記は、本換地処分の公告の翌日においてはじめてなされるものであつて、本換地処分前における替費地の使用収益権そのものおよびその変動については、これを登記する方法は存在せず、ただ組合に備置されている土地権利者に関する簿書にその旨が記載されるにとどまるものである(耕地整理法第七七条、土地区画整理法第八四条、同施行令第七三条)。

以上の法理を本件についてみれば、前記のとおり、本件土地および前記土地に対しては、訴外組合が替費地処分をなし、それ以後同組合において右替費地に対する使用収益権を取得したところ、その後、右替費地は右訴外組合から訴外土取徳次郎に、同人からさらに原告へと譲渡する旨の契約がなされたが、未だ本換地処分はなされていないのであるから、原告は本件土地につき替費地としての使用収益権を取得したにとどまるものである。(もつとも、組合規約若しくは替費地売買契約中において、組合から譲り受けた替費地に関する権利を他人に譲り渡すときは、組合の承諾を要する旨定められる場合が多く、この場合においては、組合の承諾を得なかつた者は、替費地に関する権利を有効に譲り受けることができないと解せられるが、本件においては、右のような規約の有無に関しては、なんら主張立証もないので、原告は訴外土取から有効に本件土地に関する替費地としての権利を譲り受けたものと認める。)

従つて、本件土地につき所有権を取得したことを前提とする原告の主位的請求は理由がなく棄却さるべきものである。

そこで原告の予備的請求について判断する。

原告が訴外土取から昭和二五年本件土地につき替費地としての使用収益権を譲受けたことは前認定のとおりであるが、訴外土取は、昭和三五年に至つて更に本件土地の前同権利を被告に対しても売り渡す契約をしたことも前認定の通りである。そうすると訴外土取は本件土地の替費地としての使用収益を原告と被告とに二重に譲渡したものと言わねばならない。

ところで、右の使用収益は物権そのものではないが(物権は民法その他の法律に定めがないかぎり、これを創設することはできない。)、将来、換地処分の公告の翌日からは、所有権に昇華するものであることはすでに説示した通りであるから、この権利は排他的な性質を有し、従つて一個の土地については一個の使用収益権のみしか成立しないと解すべきものである。そこで、本件の如く、一個の替費地について二重譲渡がなされたばあいには、いずれの譲受人が優先するかの問題が生じるわけである。

しかして、物権の二重譲渡については所謂対抗要件具備の有無によつてその優劣を決することは、民法に規定するところであるが、替費地の使用収益権についてこの点に関しては現行法上何等の規定もない。従つてこれを純理論的に考えると、替費地の使用収益権を一度譲渡すれば該譲渡人は最早やその権利を失い、重ねてこれを第三者に譲渡することができない理であつて、後に譲受契約をしたものはその権利を取得しえないとしなければならない。しかしそれでは第三者に不測の損害を与え、引いては取引の安全を害することとなる。民法が物権の変動に公示の原則を規定し、公示方法の具備を以つて第三者にその権利変動を対抗しうるものとしたのはこの取引の安全を保護するためであつて、この公示の原則はおよそ排他性を有する権利の変動について言えることであるから、前説示の通り排他性を有する替費地の使用収益権の変動についても何らかの公示方法を考え、これを具備することを以つて第三者に対抗しうるものとするのが相当である。

そこで、その対抗要件としての公示方法として、まず考えられるのが、替費地に対する占有の有無を以つてすることであるが、占有は一個の土地についていくつも成立し得るのみならず、動産と異り、占有の有無を外部から認諾することは必ずしも容易でなく、さらに占有を対抗要件とするときは、実力で占有を奪取する弊害を生じ得る。

従つて、占有の有無は、替費地に関する権利変動の公示方法として、極めて不確実であるといわざるを得ない。

次に、組合備置の簿書への記載の有無を基準とする方法について考えてみると、前記のとおり組合は、施行地区内の土地権利者の氏名および権利内容を記載した簿書を備付けておき、権利者に変動があつたときはこれに記載すべきものであり、かつ、利害関係人から右簿書の閲覧請求があつたときはこれを拒み得ないものとされているから、替費地に関する権利変動の公示方法としては、土地登記簿と同様な確実さがあり、現実的にも右簿書が登記簿類似の作用を営んでいる点(例えば、替費地の売買に際しては、事前に簿書の記載を確認するのが慣行となつているなど)からすれば、他により確実な公示方法もない現状においては、組合の簿書の記載をもつて権利変動の対抗要件とするのが最も妥当であると解する。

果して以上のように解すると、前認定のとおり被告は、その権利譲受の旨を訴外組合に届け出で、これに基き組合の簿書には、本件土地につき被告が権利者として記載されているのであるから、原告は、その使用収益権をもつて被告に対抗することはできず、被告の抗弁は理由がある。

従つて原告において、組合の簿書に原告名義の権利者の記載がなされている事実の主張立証がない以上、その使用収益権に基いて被告に対してする原告の本件予備的請求もまた理由がなく、失当として棄却すべきものである。

以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(喜多 勝 佐藤栄一 安藤正博)

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